白黒思考がグレーを受け入れる前に確認すること【理解or経験不足】

白黒思考にとってグレーとは原因不明のエラーで処理できないようなもの。

無理にでも処理したくなる。問題を単純化するために極端にする。

他の人から見れば「なんで極端になってしまうのか?」と思うかもしれません。

白黒思考どうにかならない?

グレーの前に、白と黒の定義を見直すべし

よく白黒思考になると「グレーの存在を認めてよ!」と周りに思われがちですが、いきなり曖昧・妥協しろと言われて納得するものは少ないでしょう。

グレーの存在は確かに大事です。生きる上で曖昧からは逃げることはできず、今すぐではなくともいつかは受け入れなければなりません。

その前段階として、本人にとっての白と黒の定義を見直した方がいいのではと思います。

今回は白黒思考について思考を落としていこうと思います。

目次

理由

グレーの前に白と黒の定義を見直すべしとはすなわち、自身が課題・問題を本当に理解して回答しているのかの見直しです。

ASDの場合白黒思考で困ってしまうのは想像力が欠如気味で他を想定したくても想定できないが多いでしょう。

5割くらいの力加減でいいよとか、7割くらいできたと思ったら提出してとか言われてもわかりませんよね?

当事者の一人が思うに個人的な一つの回答は「あえて完璧主義で補正。中間5割を作る前に白と黒にする条件を細かく設定する」です。

すなわちグレー5割はあくまで未知の選択肢だから思いつかない。

ならばすでに知っている情報について細かく深堀する。

だからすでに出ている白と黒についての情報を深堀をすることにより補えないだろうかという考え方です。

白黒思考の原因

・未知への不安
・基準が不明瞭

未知への不安

経験のないもの・理解できないものをとりあえず黒にしてしまっているパターン。

他人事ならともかく、自分に関係することでわからない状態が長続きするとストレスになります。

だから安心するためにハッキリさせたい。

例えば「一度退職して無職になったらもう自分の人生終わりだ」と思っていたとします。

会社員として働くのが白。無職が黒と判断したのでしょう。

この場合、経験がない故の未知orわからないことへの恐怖や不安から成り立っています。

しかし、無職になって数か月経っても割と普通に生きていけることが経験としてわかりました。

つまり無職は黒ではないことを体験して理解したと言えます。

ある意味、黒ではないことを理解した=かといって白でもない=無意識にグレーに触れているともいうでしょう。

基準が不明瞭

要求が限りなく一択すぎて他を考慮しないパターン。

できるできない。白と黒を100点と0点に設定しているようなものです。

二択しか想定できていないから、問題になりやすいのではと思います。

グレーを入れるなら50点~99点等々も細かく入れてほしいと思いますよね?

冒頭でグレーを挟むより前に、白と黒の定義を見直した方がいいと思ったのがここです。

グレーを入れたら白と黒を狭めてしまうもの。必然と白が割合として減ってしまう。

ならば細かく設定することを条件に白(許容範囲)を増やした方がいいのではということです。

50点~99点の場合を決めて、グレーではなく白基準として組み込んだほうがいい。

0点~49点の場合を決めて黒基準として組み込んだ方がいい。

要は基準をしっかり細かく決めておくこと。

知らない・わからない故にまともに決めてない場合が多いのではないでしょうか。

基準(ルール)を曖昧にすると、曖昧なところで誰かが好き勝手に決めてしまうなんてよくありませんか?

他ヒント

・曖昧を知ること
・そもそも悪ではない

曖昧を知ること

克服というより曖昧耐性とも言えるのではないでしょうか。

世の中は思いの外、曖昧なものにあふれています。

前提としてはまずそれを知らないといけません。

それを知らずに成長すると見えない壁にぶつかることでしょう。

曖昧なことを知るには作品で知ることが手っ取り早いです。

作品で「曖昧さ」を知るというのは例えば、

・登場人物ほぼ全員に何かしらの問題を抱えている

・揉め事が起こるが、どちらの言い分もありどちらも悪いところがあって白黒決めずらい

・つまり片方の人物だけが良くて、片方の人物だけが悪いという場面が少ない

上記の特徴に当てはまるのは『うみねこのなく頃に』というゲームです。

ネタバレこそ控えますがこの作品一周してみるだけで物事の曖昧というものを学習できます。

シナリオが大人向けなのが難点ですがおすすめの作品です。

そもそも悪ではない

白黒思考をもっと本気でどうにかしたいという方もいるでしょう。

白黒思考自体は特別なものではありません。

白黒思考の良いところは曖昧にすることの悪いところに直結します。

・判断が早い

・黒を取れるくらいの覚悟が決まっている

・それを踏まえて相手側が半端に逃亡することを防止している

白黒思考が悪目立ちするからと言って、曖昧にすること=善にはなりません。

曖昧にしたい=都合の悪い事実がある=自身を守る=追及を拒否する

曖昧(グレー)とは何かを守るために当然のように存在するものというわけです。

わかりやすくしたいがために白黒つけようとすること。

何かを守るために曖昧にしようとすること。

どちらも悪ではないですよね?

困りがちな時

・本人一人の場合
・相手がいる場合

本人一人の場合

完璧主義に発展して自分で自分の首をしめてしまうパターンです。

例えばテストで80点以上取れたら白、以下だったら黒と定めていたとします。

まず思いがちなのはグレーを認めることでは?と思うでしょう。

70~79点をグレーラインにするとかでしょうか。

半分正解。半分不正解です。

半分正解なのは提案として一理あるからです。

半分不正解なのはずっとグレーな点数を取っていた場合、本人のストレスが溜まる可能性があるからです。

いきなり曖昧な発言をしましたが強いて言うなら、段階を踏むことが重要ということです。

曖昧というのは「本当に困ったときに」守ることがメインではないでしょうか。

曖昧の乱用はおすすめしません。ただの逃げになります。

この例の場合、他の提案をするならグレーの存在を先に出すより白の範囲を広げることです。

相手がいる場合

高確率で相手の方が訴える可能性大でしょう。

というのも白黒思考が悪く見えがちの原因として、

・白黒思考を問題視するのは曖昧(グレー)を当然のように認識している派(多数派)

・白黒思考に入るところが攻撃的っぽく見える

・人が曖昧に入るときは「(良くも悪くも)守る」ときである

からではないでしょうか。

つまり責められているように見えるということです。

本人がどう思っているかはさておき見栄えが悪いと。

相性の問題というのは簡単でしょう。

一つだけ言えるのはいくら特性や原因を細かく分解してみたところで、現実だとすぐ複数要素が混ざってややこしくなるのが普通ということです。

自己分析としてはありです。

しかしそれを相手に伝えることが改善につながるかというとそれこそグレーです。

いくら知っても理解できないことが存在することはそれこそよく知っているのではないでしょうか。

最後に

白黒思考になるときは高確率で、経験がないから知らないこと・わからないことがあるから二択しか出ないのです。

白と黒の定義を見直せなんて言うのは、つまり本当に自分はその課題・問題を理解しているか。

理想は白の(許容)範囲を広げることです。

それが難しい場合、逆に黒の範囲を狭める・限定することが必要ではないでしょうか。

わからないことを適当に黒ということにして誤魔化そうとしていないかという確認作業というわけです。

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